お墓のレスキュー隊が結成されるまで

@ 幼き日の母との別れ A 競艇選手へのチャレンジ
B なぜ俺が自衛官に? C 石屋になる
D 修行の道へ E 挫折そして引越屋へ
F リフォーム会社での経験 G 再び石屋へのチャレンジ
H 忙しいとは心を忘れるなり I 兄弟で行う仕事を考える
J 自分らしく生きる  
順調に高校生になった僕は就職の時期になりました。
一番上の兄は、高卒で自衛隊に入隊し、その後父の仕事を手伝うため除隊して名古屋の石材店に修行に行っていました。
2番目の兄は、東京の大学に行きました。
2番目の兄は結構頭の出来がよく、長男と3男の僕はどちらかと言うと肉体派でした。だからと言うわけではないですが、普通に進学して、普通に就職もいやだなあと思っていたし、近くに競艇場もあることから競艇選手を目指すことにしました。競艇選手は体重が軽くなくてはいけないので、在学中からバスケットで体を鍛えながら、減量していました。しかし試験の前の身体検査で、思わぬ落とし穴があったのです。自分では目は良いと思っていたのですが、いつの間にか目が悪くなっていて、視力不足で不合格となってしまいました。自分の中では競艇選手になることしか頭に無かったので、真っ白になってしまいました。でも、そこからもうひとがんばりと思い、バイト代で結構高額な視力回復センターに通い、目を良くしようと奮闘しましたが、だめでした。競艇浪人?して臨んだ翌年の試験も、視力の回復が見られず不合格でした。
矢田石材店
お墓作りの参考書
矢田石材店Blog
株式会社BANDAI